京都に有った 永谷園の出身地_宇治田原町 。
こんにちは、 草葉の陰 です。
『 お茶づけ海苔 』や インスタント味噌汁『 あさげ 』等を私も愛用している『永谷園』の発祥の地が京都府の東南部の宇治田原町に有ります。
『 何で京都の人間が江戸で商売を始めたの?』と思いましたが、宇治田原の地は幕府の天領であり、普通の藩の領地と比べて人の移動は割合と楽だったようです。
しかも本能寺の変の時に家康が堺から逃げ出した時に信楽への途中の地になるので、その時の逃走の手助けへの恩義にこの土地が天領になったのかも?
現在広く飲まれているお茶(日本緑茶)の製法を始めたのが永谷園の創業者の永谷宗円のようです。 しかし江戸に出てきても販売面で上手く行かなかったようで、販売は『 山本山 』に依頼したようで、製造面での裏方に徹していたようです。
『 山本山 』のホ−ムペ−ジには『 永谷園 』の『な』の文字も見えませんがね!
山本山からしたら永谷園は単なる一納入業者の扱いなんですね。
宇治田原町のホ−ムペ−ジは自慢していますがね。
永谷宗円生家_復元
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今有る『生家』は跡地に復元したようで、現在は永谷園とは殆ど縁が切れているようです。
( 今の永谷園は完全に東京の会社なんだね。 京都とは関係無いのよね。)
私は年に何回かは宇治田原町に行き、特に町の入り口の『 郷之口 』に有る JAの販売所でお茶を購入する事が多く有ります。
ここの JAの直売所は以前は JAのガソリンスタンドでした。
『 番茶 』を良く購入します。
ス−パ−等で売られている『 京番茶 』とは少し違う味がします。 茶葉を見ても全然別物です。
『 宇治田原の番茶 』と呼んで良いと思っています。
本当にお茶農家が普段飲んでいるお茶になりますよ。
私は簡単に急須で熱湯を入れて飲んでいますが、本場の飲み方は茶釜で煮出すようです。
( 少子化の今現在、茶釜なんて使っているところはあるんかいな? 精々 大きめのヤカンでしょうな。 )
番茶_500g入り袋 |
この農協製の番茶が私にとっては玉露や煎茶よりも一番美味しいです。
けちらずに多目に茶葉を入れるのがコツといえますか?
JA京都やましろ |
通信販売ではティ−バッグなんですね。
ティ−バッグでは本来の番茶の味はしないと思うんやけどもね。
確認が取れていないので全くの私の妄想なんですけど、ティ−バッグは山城町上狛にある宇治の露製茶の品物じゃ無いかと睨んでいます。
宇治田原は昔は隠れ里のような場所でしたが、もうすぐ第二名神のインタ−もできるようで本当に賑やかになってきています。
今現在は既に平日の朝は宇治田原に立地している工業団地に向かう従業員の通勤の車で京田辺の山城大橋を渡ったあたりから工業団地のところまで R370は大渋滞になっています。
『 こんな辺鄙なところで大渋滞! 』が生じていますよ。 抜けるのに30分も掛かってしまいました。 事故渋滞では無くて、単に道路のキャパシティをオ−バ−しているんですね。
北側の近く(宇治市域)を京滋バイパスも通っていますが R370なら無料で大津方面から京都・大阪方面に行けますので大型トラックも非常に多く通行していますので、もしも行かれる方は注意してくださいね。
R370の今有るバイパスの更に新しいバイパスも工事中ですね。( 主要地方道 宇治木屋線 ⇒ 宇治田原山手線。 )
第二名神のインタ−ができるまでには新しいバイパスが開通しているのかな?
( 工事中の新しいバイパス 宇治木屋線の今現在の終点から郷之口、和束方面共に1車線の道になってしまうので運転に自信のある方以外は通行注意です。この新しい工事中のバイパスには間違っても入らないようにね。 全通したら池ノ首から宇治田原の工業団地のところまでつながります。 それにしても『池ノ首』とはどえらい地名でんな。 古老に聞いても地名のいわれは分かりませんでしたけどもね。 新しい宇治田原インタ−のできるところですよ。 下の地図では銘城台という新しくできた住宅地の名前で書かれていますが、本来の地名は池ノ首ね。)
観光案内パンフレットに追記 |
お付き合いくださり ありがとう。 では、 また 宜しくね。